平成17年12月定例議会個人答弁全文

 

(質問)彦根城多聞櫓と馬屋に眠る曳山について

 曳山が彦根城の一角に眠っていることにつきましては議員生活二年半経過いたしますが、一度も話題に上がっていないように思います。
 この曳山は平成9年5月市内稲里町自治会より彦根市に寄贈されたもので彦根城内多聞櫓と馬屋に今も保管されているものと思いますが、私自体、当時自治会役員としてかかわったことを思い浮かべております。
 解体調査は約2ヶ月間かかって行なわれ、彦根市に寄贈された後には復元され市民会館に展示されると聞き及んでおりましたが、8年経過した現在いまだ復元されておりません。
 稲里町自治会では平成5年に山蔵の老朽化が進んできたという事で県立短大の室谷教授と彦根市教育委員会学習課の職員立会いの下、曳山の調査がなされました。その結果彦根市内に残る唯一の曳山であり、地域の歴史を知るうえ貴重な文化遺産であると共に、今後解明すべき課題もあり、その保存と活用について早急に対策を検討する必要があると言われ、自治会では彦根市に寄贈し復元をお願い致しましたが快い回答は得られませんでした。
 そうした中、4年が経過し平成9年に入り稲里町自治会では老朽化の甚だしい山蔵の取り壊しと曳山の処分が決議されました。ところが時を同じくして長浜市が曳山博物館建設を計画されている事を新聞報道で知り、長浜市へ寄贈を打診されました。
 中島長浜歴史博物館主幹がその重要性を指摘したため、ようやく彦根市教育委員会が受け入れ解体し、後日展示していただくことになりました。
 そのようなことを背景にお尋ねいたしますが、

@現在も多聞櫓又馬屋に保管されていると思いますが間違いございませんか。

A保存状態は?

B曳山の構造は?

C曳山のルーツは?

D復元計画は?

E築城400年祭に復元し展示しては?
 

(回答)文化財課
  @現在も多聞櫓と馬屋に保管されているのか A保存状態は
 平成9年5月に稲里町自治会からご寄贈いただきました曳山につきましては、本市に残る貴重な民俗資料の一つとして、その解体時に復元や活用に向けた図面を作成し、薫蒸処理をした後、特別史跡「彦根城跡」内の佐和口多聞櫓および馬屋において、現在も大切に保管をいたしております。
(回答)文化財課
  B曳山の構造は
 この曳山は白木造りであり、その構造は、前面を舞台、背面を楽屋とし、その屋根の上に亭(ちん)と呼ばれる東屋(あずまや)を重ねた長浜の曳山と同じ形式のものでございます。
(回答)文化財課
  C曳山のルーツは
 この曳山は、言い伝えによりますと、長浜から購入されたものであり、稲里町の若者により長浜から琵琶湖を経て、さらに宇曽川を遡って運ばれたと言われております。その時期につきましては、江戸時代の末期か明治時代の初期であろうと推測されておりますが詳しいことは分かっておらず、また、その購入先等につきましても分かっていないのが現状でございます。
(回答)文化財課
  D復元計画は
 この曳山は、高さ約6m、幅約3m、奥行き約4mの規模を有するもので、現在まで適切な展示場所が見出せてなく、加えて今日の厳しい財政状況にありますことから、その修理や保存、活用の計画が立っていないのが現状であります。
 しかし、この曳山は本市に残る数少ない民俗資料の一つであり、また地域が辿った歴史や文化を理解する上でも貴重な文化遺産でありますことから、これまでにもまして地場産業の関係の方々等との連携も図りながら、復元方法や展示方法などの検討を重ねてまいりたいと考えております。
(回答)文化財課
  E築城400年に活用できないか
 この曳山の保存と活用にを図るには、本市の歴史や文化を継承するとともに、その発展を図ることを目的とする国宝彦根城築城400年祭は、数多くの方々から保存と活用についての新たな発想が得られる良い機会であると考えております。
 したがいまして、今日までご相談いたしております地場産業の関係団体や国宝彦根城築城400年祭実行委員会との連携をさらに深め、その保存とともにイベント等への活用が図れないか協議をしてまいりたいと考えておりますのでご理解願います。